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1944.7.20

 
 シュタウフェンベルク大佐を主人公としたナチス末期の軍人によるヒトラー暗殺計画を題材に扱った作品。いわゆる「7月20日事件」として知られる同計画は未遂に終わったが、数ある反ナチ抵抗運動の中で「白バラ」に並ぶ最も著名な事件の一つとも言えよう。
 
 そんな意味で近年上映された「白バラ」「ヒトラー 最期の12日間」とは連作のように感じながら観ることができた。
 
 これらの映画に共通していることは、扱っているストーリーが歴史的史実に忠実であり、描写されている事件前後の日数・時間が非常に短く、その分役者の演技や表情、人間性が前面に出ているという特徴にあろう。日数や空間が限定されるとその分緊張感や臨場感は高まらざるを得ない。ヒトラー暗殺という歴史的事件に営む人々の手に汗握る緊張感や息詰まる臨場感を描写するという意味においては成功した映画である。これ以上の緊張感を感じる映画も少ない。また時代考証やディテイルに拘った演出、渋いキャスティングも重厚感を与えている。
 
 この映画の話題と評価の争点はやはり主人公シュタウフェンベルク大佐演じるトム・クルーズの存在であろう。
 トム・クルーズはいい演技をしている。素晴らしい仕事をしたと思える。
 しかし実際の主人公シュタウフェンベルク大佐は700年続く貴族の血を引く名門の出であり、バーデン・ヴュルテンベルク出身のカトリック教徒であるがプロイセン軍人の血筋をも引く優れた軍人であった。本物の彼はSSだけあって長身であり、トム・クルーズ真っ青の筋骨逞しい大変な美男子。ゲルマン民族の英雄を地で行くような貴族出身のエリート将校の彼がヒトラー暗殺事件の首謀者となりこれに失敗し処刑される。この悲劇性と英雄精神を観ればこの映画が極めてドイツ的な映画、格好の題材であるとも言えよう。
 このような「重く」「濃い」血筋を引くゲルマン的貴族の末裔を演じるにはトム・クルーズはスマート過ぎ、優男過ぎるのが印象に残った。彼の演技は高く評価できるし仕事の上で一片の狂いもないように思う。しかしながら、特殊ドイツ的なこの題材がアメリカ映画であること、英語であること、それと並んでリアリティーを求めるには主人公のキャスティングがこの映画の限界点かもしれない。但し以上の点は決してこの映画の客観的評価を貶めるものではない。 

 映画は前半と後半でリズムが異なる。後半は暗殺事件の息詰まるシーンの連続だが前半は少しゆったりとストーリーが進む。

 ヴァーグナーの『ヴァルキューレ』がこの映画のタイトルであり、暗殺後の軍部主導の制圧作戦名でもあるが、『地獄の黙示録』の爆撃シーンであまりに有名となったこの曲を映画ではもっと効果的に使用すべきだったように思う。これは後半部分の映画の流れとリズムが緊張感溢れるテンポで編集されたことに関係しているのではないか。
 
 この映画から感じられることは第2次大戦末期は情報戦となっていたことである。通信部の役割が政治的に決定的な役割を果たしたことも理解される。二つの異なる錯綜して流れる情報をめぐり、自身の命運を賭ける運命の選択と決断の瞬間が描写されている。地味な舞台ではあるが通信部の役割はこの映画を最も特徴づける描写とも言えよう。

「どちらの側につくべきか?」「誰が正義か?」「誰が勝利者となるか?」

 オルターナティヴの状況下、人間は果たして「どちらの側」につくか。

 それを選択し決断するのは人間である。この映画は信じるものと信じないもの、救われるものと救われざるものの分岐点を見事に描写している。この映画は人間の決断と勇気を描いた映画である。
 しかし最終的に審判を行うのは歴史であるかもしれない。

 

 

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